ロサンゼルスに学ぶ

白井 昭

 広大なロスの町は車のおかげで生まれたと信じているアメリカ人も多い。
 しかし事実は異なり、明治末より電車網が広がり大正末には世界一と称する2000キロのネットが完成し、町は拡大した。
 これは今の東京より密でスピードも時速100キロを越えたが、その後、道路網と車の発達につれて電車は消えていった。
 やがて8車線は10車線にと拡大したが、昭和50年ごろに至り「我々は月へ行くことができるが、都心へ行くことができない」となり、空気汚染も進んで自動車交通は限界となった。
 こうなるとアメリカの転身は早く、新しい鉄道網の建設を開始した。
 その第1号であるロス−ロングビーチ線は平成2年に開業し、電車はすべて豊川の日本車輌で作られた。
 この電車は市内電車の近代形で4両編成、ワンマン運転、無人駅と経済化を図り、時速90キロも出るが、都心は路上を走って乗降を便利にしている。今ではすっかり市民に定着した。今春の暴動でも電車だけは傷つけられなかった。
 ロスではこの軽電車のほか地下鉄、トロリーバス、市間鉄道など多様な展開を図っている。全米各地でも競って進められており、アメリカは今や鉄道復権の時代となりつつある。
 日本でも道路改良と併せて電車、船そして歩くことなど取りまぜた交通の多様化に取り組むべき時と考える。
 また日本の鉄道はモノレールは高すぎるのでミニ化、シンプル化で安くすることも大切だ。ロスの電車は軽電車ではあるが、もっと安上がりにする余地がある。
 戦後の日本はずっとアメリカの後を歩いてきた。今は車万能だが狭い日本ではいずれ行き詰まりが来るし、環境問題も厳しくなる。
 今こそロサンゼルスの経験に学び、次の歩みを考えるときである。

(静岡新聞1992年11月17日夕刊一面「窓辺」より)


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