イギリスのSL保存

白井 昭

 イギリス人は古い物を尊び誇りをもっている。ある時SLの保存、運転をやっている人が無給で奉仕しているとあまりに強調するので、つい口が滑り「先祖伝来の屋敷があり、年金とヒマがあるからだ」と言ったところ、奮然として「たしかにヒマはある、しかし文化の歴史を尊ぶ『心』を大切にしているのだ」と抗議され、最敬礼したことがあった。
 イギリスは産業革命のパイオニアであるが、当時の新興産業は古い歴史や自然を破壊していった。あたかも今の日本の姿である。
 これではいけない、歴史や自然は市民の手で守ろうと百年ほど前にナショナルトラスト活動が始まり、今では数百万の市民がトラストの会員となり、奮い立て物から美しい海岸まで買い取って女王陛下に次ぐ大地主となっている。
 彼らの守る海岸に工場を造ることはできない、つまりイギリスのトラスト活動は産業革命による歴史の破壊から始まった。
 これにより六十年を経た大戦後イギリスで産業考古学が提唱された。こちらは産業革命初期の機械や技術、SLなど今や消え去りつつあるものの研究や保存と活用に関する学問である。
 今やゲルマニウムトランジスタすら過去のもので考古学の対象であり、今日生まれたものも明日には過去となる。その系譜を残さないと人類の即席は失われる。
 産業考古学は寺社、美術のみでなくSLすらも文化であるという新しい考えに基づく若い学問である。
 遅ればせながら日本でも戦後日本ナショナルトラストと産業考古学会が生まれ、私も一員となっているがその根底には今の社会、文化を育ててきた近代史への畏敬(いけい)がある。
 そしてトラスト活動は産業革命に対抗して生まれたが、産業考古学はそれを尊重して発生した。
 いずれもイギリスが世界で初めて提唱今もリーダーとなっており、ポンドは下落しても考え方は先進国である。
 やはり歴史は追い越せない、これらの新思考が普遍化しない日本はまだ後進国なのである。

(静岡新聞1992年11月24日夕刊一面「窓辺」より)


[ 白井 昭氏執筆コラム目次へ | Rack Railの目次ページへ ]


Copyright 1992 Shizuoka Shinbun
Copyright 1992 Akira SHIRAI