今も大井川鉄道を走っているSLの中にC56形というのがある。
このSLは昭和11年日本の国内用に造られたが16年日本の将兵とともにベトナムへ送られ、さらにタイ−ビルマ鉄道で働くことになった。
この鉄道の建設のために多くの捕虜や現地労働者が死亡し、死の鉄道として問題となった。
終戦後C56形SLはタイ国鉄の一員として活躍したが数奇な運命のもとに54年帰国し、大井川線で観光と保存のために今も走り続けてる。
タイ−ビルマ鉄道工事に従事したイギリス将校G・アダムスは青春の思い出のSLに再会するため56年訪日し、これを機に彼は私の友人となったが、彼の一代記はまことに興味深く一晩徹夜で読んでしまった。昭和初年、イギリスも不況で王室空軍へ入れば安泰とこれに挑戦、晴れて空軍将校となった。しかし16年、彼はシンガポールへ向かい、日本軍の捕虜となってタイ−ビルマ鉄道の建設に使われ、のちには友軍の空襲にもさらされる。多くの友は還らなかったが、彼は奇跡的に生き残り帰国した。
当初は日本人と聞くだけで憎悪を感じたが、戦後30余年を経て考えると彼の青春はこの鉄道にあった。
こうして憎しみを超えての来日となった。一代記を見ると彼の生き残りは第一に強運であった−−弾丸は隣の人を殺し病にも打ち勝ち、紙が味方している−−が、一方で生き残るためのあらゆる努力に感銘を受けた。
空襲では真っ先に逃げ、日本兵におもねり、短波ラジオで英軍の勝利を信じた。
将校アダムスの一生とC56形SLの生涯は事実は小説より奇なり、ドラマ以上の迫力で私に迫ってくる。
彼は今も私のよき友であり、SLはドラマを秘めて今日も川根路を走っている。
(静岡新聞1992年12月1日夕刊一面「窓辺」より)
[ 白井 昭氏執筆コラム目次へ | Rack Railの目次ページへ ]
Copyright 1992 Shizuoka Shinbun. All rights
reserved.
Copyright 1992 Akira SHIRAI