今年も七草粥の時を迎えました。私は金谷に住んでいるが、川根路から井川を含めて都会では失われたしぜんや民俗が生きていて本当に心休まる所である。
大井川こそ水を失ったものの、支流にはハヤが群遊し、井川線ミニ列車の車窓には赤トンボや蝉が飛び込んでくる。
都会の川にはもはや自然は失われ、コイの放流などしょせん人工なのに対し、野生のハヤは自然の命のあかしであり、いつまで見ていてもあきることがない。
井川線の鉄道沿線は日本に残された自然林を車窓より眺めることができる貴重な存在であり、秋にはレールの上にたくさんのアケビの見が落ち、猿がこれを食べている。
大井川中流の初夏は虫取りナデシコのピンクの花が覆い、、秋は川原グミの真紅が芸術品のようだ。
金谷は石畳の復元などでなをなしたが、大井川筋の各地に青面金剛や石仏が残り、井川田代の民家は古代の構造を今に伝えている。
井川線沿線では今もヨモギ湯を使い、薬草を多用し、節句やお盆、庚申様などの民俗も多く残っている。
その一方で高成長により失われたものも少なくない。蛍、モクズガニからメダカまで、そしてセリもも姿を消していった。
犯人は農薬、コンクリートなど人間様で、かつての子供達の友達の多くが消えてしまった。
あれだけ多かった水車も昭和30年代より消え、、いまでは産業考古学的に価値ある本物は少数となり、今の家に調査、保存を図る必要がある。現在は世界の水車学会に発表すべき資料も乏しい現状である。
今や本物の文化の時代として地域の自然や遺産を守り、失われたものを復元することが叫ばれており、フランス名画の輸入より自分たちの文化を尊び伝えることが新しい考え方になろうとしている。
この点、昨秋、接阻峡駅前に生まれたやまびこ資料館は地元の文化を伝えるものとして皆様の御探訪をおすすめしたい。
(静岡新聞1993年1月5日夕刊一面「窓辺」より)
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